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東京地方裁判所 平成4年(モ)30160号 決定 1992年6月16日

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり

主文

1  債権者の申立てを却下する。

2  申請費用は、債権者の負担とする。

理由

1  債権者の申立て

本件は、不動産登記法三三条の規定により、仮登記仮処分を求める事件である。

債権者は、債権者所有の別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)について、平成二年一月三一日の抵当権設定契約に基づく抵当権設定仮登記を命じる仮処分を求めた。

そして、債権者は、上記抵当権設定契約の締結を証する書面として、不動産抵当権設定契約書等の書証を提出した。

2  当裁判所の判断

(1) 仮登記仮処分手続における申立人の疎明責任

仮登記仮処分の裁判は、手続に密行性等が要求されることから、通常相手方の審尋を経ないでなされる。そのため、権利の発生要件の存否、権利発生障害事由の存否、権利の変更・消滅事由の存否など、訴訟手続であれば相手方に主張立証の機会を与えるべき事由について、相手方の陳述や立証の機会を与えないままで、裁判しなければならない。他方、仮登記仮処分を受けた相手方は、他の手続であれば、異議、抗告その他の手続内の救済手段が保障されているのに(非訟事件手続法一九条、二〇条、民事保全法二六条、三七ないし三九条等)、仮登記仮処分では、訴訟を起こして、仮登記の抹消登記手続を求めなければならない。

このように相手方の権利侵害について適切な防止の手続を欠いた仮登記仮処分の手続は、本来当事者間に紛争の存在しない場合、すなわち、真の意味での非訟事件において利用されるべきもので、当事者間に紛争が存在する場合の利用を予定していないものというべきである。しかし、法律には、仮登記仮処分の申立てについて、そのような制限が設けられておらず、争いのある当事者間においても仮登記仮処分の申し立てがあるのが実情である。

したがって、争いある当事者間でも申し立てられる仮登記仮処分の手続では、訴訟手続であれば、相手方に主張立証の責任のある権利の発生障害事由や権利の変更・消滅事由についても、それらの事由がないことを、申立人が疎明しなければならず、その疎明がなければ申立てを却下すべきものと解するのが相当である。

(2)  本件における疎明の有無

記録によれば、次の事実が認められる。

ア  平成二年一月三一日、申立人を債権者、株式会社クリネットを債務者、相手方を保証人兼抵当権設定者として、本件不動産について、債権額一〇億円、弁済期平成五年二月二六日とする、金銭消費貸借契約証書及び不動産抵当権設定契約証書が作成されたが、抵当権設定登記手続はなされなかった。

イ  平成二年四月二日から平成三年一二月五日にかけて、本件不動産について、債権者に先んじて、安田生命、第百生命、住友信託銀行、三和銀行、東京都民銀行及び東洋信託銀行に対して、合計約三二億円の抵当権の設定登記がなされたが、債権者は、上記アの抵当権設定登記手続を受けなかった。

ウ  平成四年三月二五日、債権者と株式クリネット及び相手方は、上記アの一〇億円の弁済期を平成五年二月二六日から、平成四年五月二九日に繰り上げる旨の変更契約証書を作成したが、この証書において相手方の肩書としては、保証人として記載されるのみで、抵当権設定者であるとの肩書は、記載されなかった。

上記ア記載のとおり、通常は融資と同時になされる抵当権設定登記手続がなされなかったことからみると、融資の実行に当たり、当初予定された抵当権設定が変更され、他の担保に変えるか、事情により抵当権の設定を受けないで融資を実行することとなったかのいずれかの可能性が考えられるが、この可能性を否定するに足る疎明資料は提出されていない。

そして、上記イ記載のとおり、他の債権者のため抵当権の設定登記手続がなされているのに、申立債権者のため抵当権設定登記手続がなされなかったことからみると、融資の実行時かその後に、当初予定された抵当権設定が変更され、他の担保に変えるか、事情により抵当権の設定を受けないで融資を実行することとなったかのいずれかの可能性が考えられるが、この可能性を否定するに足る疎明資料は提出されていない。

さらに、上記ウ記載のとおり、弁済期を変更する契約書における相手方の肩書が保証人とのみ記載され、抵当権設定者の肩書が記載されなかったことからみると、相手方は、もともと最初から抵当権設定の義務を負わなかったか、そのような義務が後に消滅したかのいずれかの可能性があるが、この可能性を否定するに足る疎明資料が提出されていない。

以上のとおり、本件では、仮登記原因である抵当権設定登記請求権の存在について、債権者は、権利の発生原因要件の存在について必ずしも十分な疎明をしたとはいえないし、また、権利の変更・消滅事由事実の不存在についても、その疎明の責任を尽くしたとはいい難い。

したがって、本件の申立ては、仮登記原因についての疎明が十分なされたとはいえないから、却下を免れないものである。

(裁判官淺生重機)

別紙当事者目録

債権者 アイ・ジー・エフ株式会社

右代表者代表取締役 池田多門

右訴訟代理人弁護士 田宮甫

同 堤義成

同 鈴木純

同 行方美彦

同 吉田繁實

同 白土麻子

同 田宮武文

債務者 レック株式会社

右代表者代表取締役 石川定夫

別紙物件目録

一、所在 文京区小石川五丁目

地番 弐番壱八

地目 宅地

地積 15.83平方メートル

二、所在 文京区小石川五丁目

地番 弐番壱四

地目 宅地

地積 650.44平方メートル(持分八二三九〇分の三七五二六)

三、所在 文京区小石川五丁目

地番 弐番壱〇

地目 宅地

地積 118.28平方メートル

四、所在 文京区小石川五丁目

地番 弐番壱壱

地目 宅地

地積 389.98平方メートル

五、所在 文京区小石川五丁目

地番 弐番壱参

地目 宅地

地積 156.69平方メートル

六、所在 文京区小石川五丁目

地番 弐番壱弐

地目 宅地

地積 304.85平方メートル

七、所在 文京区小石川五丁目弐番地壱壱・壱〇・壱弐・壱参・壱四

家屋番号 弐番壱壱の壱

種類 事務所・店舗・倉庫・研究所・車庫

構造 鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下壱階付七階建

床面積 壱階 787.93平方メートル

弐階 710.92平方メートル

参階 490.60平方メートル

四階 490.60平方メートル

五階 490.60平方メートル

六階 490.60平方メートル

七階 490.60平方メートル

地下一階 856.05平方メートル

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